不感症に苛まれ、夫との行為に及べない美女・セヴリーヌは、その肌の下には滾る肉欲を潜めている。貞淑という表情に化粧をのせながら、夫と違うベッドで眠る度、男たちに乱暴にいたぶられるのを夢想する彼女は娼館を訪れる……。
婉曲的な官能表現に彩られ、潔く且つやわらかい場面転換で紡がれるこの作品には、悪意にも似た魅力が満ちている。 というのは、作中でセヴリーヌが見る夢――もうコメディの域かというほど物語の筋から乖離したシチュエーションやボキャブラリーで彼女が嗜虐されるのだが、カメラが夢へとシフトする方法が、通常の場面転換と全く変わらないのだ。「アレ、これは夢だよね?」と確信する頃には現実へとカメラが向いている。そのトリックは序盤からエンド・シーンにまで貫かれる。この手法が持つ演出力というのは甚大だ。 物語というのは受け取り手に対して親切である必要があるが、過剰な親切は受け取り手の解釈の余地をなくしてしまったり、話の筋を堕落させたりする。現実世界と夢想世界の境界線の不在は、シンプルに観ればもちろん不親切なもの。だが作り手がそれを親切な形にまで昇華して、「親切な不親切」を作り出したとき、受け取り手は自分の個性にあかせた解釈を許される。 人間がセックスに対して抱く憧憬をシチュエーション・コメディに擬態させるかのように描ききった傑作。虚脱するしかない。一年ぐらいしたらもう一回観たい。それを一生続けたい、という映画。
江戸川乱歩原作を実相寺昭雄が映画化。原作は短編なので一読をすすめる。あれだけ短い話を77分に引き伸ばしたのはさすが。
六平直政・寺田ミノルといった実相寺作品の常連が登場、また明智小五郎を演じるのは嶋田久作である。嶋田版明智はやっぱりスマートさがなく、どことなく粘着質なイメージ。 作品自体はほぼピンク映画といっていいほどベッドシーンばかりである。ウィキで調べたところ、昔実相寺はアダルトビデオの監督をやったことがあるらしい。ウルトラマンからピンク映画まで幅広く撮れるのが実相寺の魅力でもある。 実相寺演出といえば昭和臭のする画面をまず思い浮かべていたのだが、この作品を見ると照明に力を入れていることが改めてわかる。光と闇の織り成す世界こそ、晩年の実相寺作品の真骨頂である。 写真は淡い光の中、屋根裏から覗かれているとは知らずにバイオリンをひいているシーン ![]() ![]() 僕は松本人志のセンスや、才覚は高く評価しています。「松本だから」というイメージもありますが、彼は「スベリ知らず」と自称し、周囲もそれを認めています。正確に言うと、彼のギャグは全くスベらない訳ではない。ただ、彼はスベッたこと自体を笑いに変えることが出来る。それは、実はとても異常なことだと思います。 ただ、それが易々と映画に活かせるものではない、と思っていたのですが…… 画像は本編と関係あると言えばあるとも言えるんでしょうが、どうなんでしょう。どうなんでしょうね ![]() ミシェル・ゴンドリーの作品は、ビョークのビデオくらいでしか観た事がありませんでした(エターナル・サンシャインも観てません)。 つまり全く予想を利かせられずに観たのですが…… この作品は…… 賛否の結果やいかに(NOネタバレ) # by chuoeiken | 2007-05-07 12:19
![]() まあぼくが岩井俊二好きというのは、内輪では結構有名な話である。「リリイ・シュシュのすべて」だとか「スワロウテイル」も好きだが、あの人の徹底した美的(なだけの)映像の追求というのは、ストーリーを固めた作品よりも短編、特に「あまり出来事が起こらない話」でこそ活きるところがあるように見える。その点で「PiCniC」もすごく好きであり、あちらの方が完成度が高いとは思うが、ここで「undo」を挙げるのは単に山口智子が好きというだけの理由。 ネタバレ少し 山口智子いっぱい ![]() 情報技術の発達は著しく、オオカミの家にも一台のパソコンがありました。オオカミはチャットを通じて女の子と会話をするのが好きでした。時にはネット上で知り合った女の子と直接会うこともありました。 ある日、オオカミは外へ出かけました。コーヒーショップにです。オオカミが扉を開けると、カウンターの傍にいた、真っ赤なフードを被った女の子がこちらを振り返って、優しく微笑みました。 オオカミは少女に気づかれないように、心の中でニヤリと笑いました。 まだ読む? ![]() 以前観た映画を観返してみると、随分感じるものが違うことに気付く。ぼくが影響されやすいたちだということもあるのだろうが、それにしたって面白いものである。 レイトショー限定上映であったこの作品は、自主制作の雰囲気がありありと、というかその雰囲気しか感じ取れずチープで、洗練されていない。しかし主演級の若手女優たちと、随所に現れる有名脇役俳優陣(監督である木下ほうかや、田中要次、徳井優など)。最近でも聞くような名前であれば、松田龍平や山崎裕太などもキャスティングされている。そんな良質な演じ手たちが粗い映像をまとめ上げていく要因になっている。 画面の暗さのせいで顔の判別がしづらいとか、台詞が聞き取りづらいというようなアラもあり没頭はし難い。スナップの利いたシュールギャグを織り込みはすれど、話そのものはよくありがちな、ハイティーンの日常を映画的に綴っただけのもの。 しかし趣味が悪いぼくは、その安っぽさやBGMのピアノや、「学校の屋上で、女子高生が二人タバコを吸う」といった至極分かりやすいシチュエイションにだまされて、この映画が大好きになってしまったのである。だから散々批判的に書いてはみたものの、全体の粗さも味だと思っているし実際は、だまされただなんて思っていない。 きっとどんなに批評眼を養っても、この映画を72分ばっちり観て、七尾旅人のエンディング・テーマを聴いたら、この映画を肯定するのだろうと思う。もしも年老いた時にこの映画を嫌いになっていたら、それは多分17才だった事を忘れている、ということだ。 初投稿がこれでいいのか、と思う あるO ![]() 「大人はな、子供のために、命かけなきゃな」 コメディー調の流れのなかにそんな台詞がいきなり飛び出してくる。 たけし映画の独特な青い世界に突拍子もなく鮮やかな色が映し出されるように。 この作品に限らず、北野武が映画で描くものってとてもシリアスだ。愛情や孤独を直視していると思います。 それをお笑いで隠しているようにも思えてしまいますけど。そうでもしないと照れくさくってしょうがねぇや!って鼻をすする「ビートたけし」が目に浮かんでしまうのは、僕だけでしょうか。 この作品はロードムービーなんですね。ヒッチハイクで子供のお母さんを探しにいく話。でも後半はグレート義太夫と井出らっきょをいじりまくっていた。そこはな~…う~、いらないよねぇ?いるのかな。 久石譲の「summer」はやはり、美しかったです。もうすぐ夏。誰かどっか行こうよん。(がさがさおがさわら)
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