時計じかけのオレンジ
b0040244_193026.jpg 僕にとってこれがスタンリー・キューブリック映画初体験です。これを観て以来当然のごとくキューブリックにはまったわけですが、「2001年宇宙の旅」なんかはあまりに難解で神々しくてとても書く気にならない。現代社会にも通ずる問題提起をしている今作を挙げるのが無難だと思いました。
 雑然としているようでアーティスティックかつ無機質な美術、原作でもトリップ感満点だった不思議な若者言葉、全編を華々しく飾るクラシック(暴力シーンにまで!)。そのすべてが渾然一体となって、観客を別世界へといざなう。特にアレックス役のマルコム・マクダウェルが、いつも役者の演技が大味気味なキューブリック映画の中にありながら傑出しています。
 ただひたすら傍観者の目を貫くキューブリック特有の「神の視線」の面目躍如というところです。キューブリックは深く考えながらシーンを撮ろうとしない。ただそこで起こっていることを映すだけ。余計な味付けもせず。だから観客は惑わされるのです。あたかも本物の事件を目の当たりにしているがごとき臨場感を味わう。キューブリックの出す料理は余計な味がしないものだから、観客は料理の味付けに頼ることができない。頼れるのは自分の味覚だけ。それゆえ、観客はだんだんと自分の味覚に懐疑心を持ち始めるのです。
 物語後半、アレックスが真人間に戻ってようやく観客が溜飲を下げかけたとたん、アレックスにとんだ運命の皮肉が襲いかかる。すっかり映画の世界に漬かってしまった観客は、どうしたことか、心の中でアレックスに同情してしまうのです!このあたりはぜひご自分の目でお確かめいただきたいのですが、僕はこのあたりのくだりを見ていて居心地が悪くなりました。映画の暴力性のせいではなく、自分の価値観のせいです。僕はこれまで善良な一市民のつもりで過ごしてきましたが、果たして自分が「善」だと信じているものが何で、本当の「悪」というものはいったい何なのか、そして本当に自分は善良と呼べるのか。本気で考えてしまった。自分の価値観に疑問を抱いたのです。ここまで観客の心を乱し、自分の心の中と向き合わせ、深く考えさせるというのは、映画として、話としてすごいと思う。僕はすっかり、原作者と監督の仕掛けた罠に自分からはまり込んでしまったのです。

 この映画に真ん中の評価は存在しないと思う。好きか嫌いか。でも僕は、いくらこの映画が嫌いと言われてもいいから、少しでも多くの人にこの映画を伝えたいと思うのです。なぜなら、この映画を観ることで本当の自分と向き合えると思うのです。自分が今まで一番正しいと信じて疑わなかったものが、この映画を観ることであっけなく覆されてしまう。しかしそうなることで、自分が本当に信じるべき点、否定するべき点が生まれるのだと思います。
 この映画で暴力をあまりにスタイリッシュに描きすぎているという批判は否定しません。だがこの映画は挑発的ではあるが決して暴力を賞賛するような映画ではないはずだと思う。この世界の近い将来(つまり僕たちの今の世界でしょうか)を見据えた、素直で、赤裸々で、きわめて真面目な映画だと思うのです。
                                                 鈴木
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by chuoeiken | 2005-01-26 20:23 | SF
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